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第3章 少年期の憧れ 1999年12月2X日 ローレルは毎日毎日おいしい草を食べながら日光浴を楽しみ、週に何回かは友達の馬房へ遊びに行って一緒にカイバのおやつを食べながらじゃれあいつつ、そして時々は思いついたように「冒険だべ〜」と一頭林の奥の方に飛び込んでは路頭にくれて、泣いてしまったり、何かと出かけるときに決まってカツミエコー母に「途中で拾い草はしてはいけませんよ。夜遅くなるまでに帰ってらっしゃい」と声をかけられること、そういうふうな生活をし続けてきてはや5ヶ月目になった。そして、ローレル自身も生後にして初めての冬を迎えることとなった。 そうしたある日のカツミエコーと近所のおばさん馬との井戸端会議。 近:「おたくのローレルも随分大きくなってきたわねぇ。」 カ:「そうねえ、親の目を盗んではこっそり友達のところへおやつをもらいに行ったりとズル賢くなってきたわ。」 近:「もうそういう年頃ね。」 カ:「本も相変わらず『モモウマタロウ』が大好きでもう本がぼろぼろになっているくらいよく読んでいるわよ。」 近:「ねえ、そろそろ、おたくの息子もアレに連れていってはどうかしら?初めて経験する世界に…。ね。」 カ:「うん、私もそろそろかな、って考えていたところよ。幸い人気のチケットもとれたしね。」 近:「えっ!あの人気の…。いいねえ。ローレルも喜ぶわよ、きっと。」 それから数日後、カツミエコー母は息子ローレルを、生まれて初めてとある場所へ連れていこうと考えていた。世間ではもうあと少しで1000年ぶりに西暦の4桁目の数字が変わりつつあるという時期にさしかかり、新たなミレニアムを祝うべきカウントダウンのお祭り一色でにぎわっているときでもあった。 カ:「ローレルや、今日は母と一緒に面白いところへ遊びに行こうか。」 ロ:「わ〜、どこどこ〜、どこへ行くの〜?」 カ:「ええとね、チバっていってね、ここよりもずっとずっと南でとってもあったかいところよ。」 ロ:「ここ、寒い〜、あったかいところ、好き〜。」 カ:「んじゃ、早速行こうか。…ええと、成田行きの便は…あ、あそこだ。さあ、母と一緒に飛行機に乗ろう。」 ロ:「わ〜い、ひこ〜き、ひこ〜き、きーん〜。あ〜空とんだ〜とんだ〜。」 カツミエコーとローレルはこうして、飛行機に乗り、しばらくして成田に到着した。そして… カ:「ええと、確かこのへん…。あ、あそこだわ。さあ、ローレルや、もうすぐよ。ん〜ん、やっぱり人気シリーズだけあって混んでいるわねぇ。」 ロ:「やっとついたの〜?って、ここってなんなの〜??」 カ:「入ってみたら分かるわよ。さあ。入ろう。」 と、カツミエコーらは、建物の入り口の点検員に優先入場チケットを2枚渡して、さっそく見渡しのいい場所に陣取った。その建物の看板には【有馬記念】と書かれている。そう、カツミエコー母が連れていった場所とは他ならぬ中山の競馬場であった。 1レース 2レース 3レース… ローレルは、自分の体よりも一回り大きい馬たち、つまり自分にとって大人の馬が優勝目指して素早いレースを繰り広げられているシーンを目のあたりにしてものすごく新鮮さを感じ、興奮し、応援にはしゃいでいた。はしゃきすぎて手前の柵から転げ落ちそうなほどだった。 そしてメインの有馬記念の時間が近づいてきた。 ターフの上では返し馬が行われていた。その1挙1手(足?)をローレルは柵の上から顔を乗り出してじめじめと眺めていた。各馬が近くを颯爽と駆け巡っていく。タッタッタッタッ!その時、1頭の馬と目があった。ゼッケン3番のスペシャルウィークである。細い体で人なつっこい笑顔をしたスペシャルウィークは目線があったローレルに対してニコッと微笑んだ。ローレルはあっけにとられながらも微笑み返し、しかし心の中では「こんな細い体でレースが出来るのか〜」と子供心ながら3番の馬に対してどこか軽蔑に似た気持ちを感じた。そして…。 「さあ、これからいよいよ有馬記念のスタートです!」 号砲と同時に、地から飛び出んばかりの大音響の中、いよいよメインレース有馬記念が幕を切って落とされた。 「さあ、各馬第3コーナーを回って…。おっと、7番グラスワンダーきました」 「グラスワンダー1歩抜け出す、そのあとを追う1頭の馬!スペシャルウィークだスペシャルウィークだ。」 「的場グラスか?武スペシャルか?グラスか?スペシャルか?グラスか?スペシャルか?」 「武、武、武、武、武、武、タケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!!」 「グラス、グラス、グラス、グラス、グラス、グラスワンダぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」 「おおっとほぼ同時にゴールイン!これはスペシャルウィークがぎりぎり勝ったか?」 ローレルは、ゴール前のものすごい攻防に圧倒されたまましばらくは声も出なかった。 そして、観客に答えるようにウィニングランをするスペシャルウィーク… 結果的にはグラスワンダーが勝ったとはいえ、大歓声を一同に背中に受けながら颯爽と走るゼッケン3番の細い馬の爽やかな走りぶりにローレルはすっかり心を奪われ呆然とその場に立ちつくしたままになってしまった。数分前までは軽蔑していたばかりの馬だというのに。 馬というのは基本的にゴロゴロするのが好きな生き物である。走るのが好きな馬などいない。それではレースに出させるにはどうすればいいか、というと、人間が幼い頃、球場で野球観戦をして野球選手になりたい、という憧れや夢を持つのと同じように、サラブレッドの世界ではこのような競馬観戦をして大人達の馬の生き様を子供に見せてレーサーに対する憧れや夢を持させる、ということをやらせるのである。 ローレルもまた、有馬記念のスペシャルウィークとグラスワンダーの対決を見て、レーサーに対する憧れの感情が芽生え始めてきた。私もレースに出てあのような大歓声を受けたいな〜、と思い始めた一瞬であった。 第4章 将来の夢 スペシャルウィークの爽快な走りを見てからというもの、ローレルはすっかり競走馬や競馬という世界に興味を示し始め、友達との間で競馬の話をしたり、有名な馬のしぐさの物まねをして遊んだりするようになってきた。 そして、ローレルは今日も元気に友達とおしゃべりをしている。名前は「クロススター」と「ツインジェーン」。クロススターは競走馬を本格的に目指しており、後に終生のライバルとも呼ばれる友達でもあった。 ツ:「うーむ、もう少し左肩を前に突き出した方がよりらしい感じがすると思うな。」 ロ:「そうかな〜?会心の演技と思ったけど〜。」 ク:「それじゃ、次、わし、行きマース!この馬は誰だ!? (首をやや左にかしげてタッタッタッタッ!)」 ロ:「ウィングアローかな〜?」 ク:「ブッブー!」 ツ:「分かった!セイウンスカイ!」 ク:「ぴんぽーん!」 ロ:「くぅ〜っ!セイウンスカイとは気づかなかったな〜。わしゃ逃げ馬はあんまり関心ないからな〜。」 ツ:「えっ、関心ないの?」 ロ:「やはり僕の理想としてはS・ウィークのようにゴール前でスパッと相手を交わす差し馬型、 あれがとても好きだな〜。」 ク:「しかし、ローレル、君はあの馬の…」 ロ:「ん?」 ク:「いや、なんでもない。それより、ローレル、君も競走馬を目指しているんか?」 ロ:「ううん、競走馬にはならないよ〜。」 ク:「なにっ!」 ツ:「ええっ?なんで?あんなに好きでよく話をしてくるのに・・・。他に目指したいものでもあるの?」 ロ:「それは特にないんだけど〜。」 それを聞いて、クロススターは思わずローレルに掴みかかってきた。激しいタックルを喰らい、ローレルは思わず3、4歩後ろによろめいてしまった。 ク:「おい!そりゃないだろ?なんで競走馬にならん? 今まで競馬や競走馬についてあれだけ語り合ってきた仲じゃないか!」 ツ:「クロススターはもうとっくに競走馬目指して親離れしているんだもんね。私は馬医志望だし。」 ク:「そうだ!オレが競走馬やろう、と思ったのもローレル! 君が有馬記念など競馬や競走馬についていろいろ話を聞かせてくれたからなんだぞ! オレも君は競走馬になるとばかり思いこんでいたんだが。」 クロススターはやや異常に興奮していた。「なぜ?」とはやる気持ちでさらにローレルに詰め寄ろうとしてきた。それをツインジェーンが「落ち着けよ」といわんがのように半身を入れて制した。 ロ:「うん、あのね。おいらの母はもう高齢でおばあさんなんだよね。 だから、母のお世話などでなるべくそばにいてあげよう、ってそう思っているんだよね。」 ・・・・ ク:「すると何か?君が競走馬にならない理由はずっと母と一緒に生活したいからと?」 ロ:「うん。そうなんだべ〜。」 ク:「・・・・・・・・」 競走馬への道のりというのは、もし、競走馬を目指したいのであれば、早い時期に親離れしなければならず、しかも、当分親とは会えなくなる覚悟を持たなければならない、そういった非情な一面も持つ世界である。そして、ローレルの母想いは友達の間でも有名なことでもあった。そういうことはクロススターも充分分かっていた。だからこそ、二の言葉が見つからなかった。 ロ:「そういうわけなんちゃきに。クロス、本当にゴメンね〜。 やはりおいらにとって母親は大切な存在だから・・・。」 ク:「・・・。もうそれ以上言うな。」 と、ツインジェーンを押しのけて、不意打ちにローレルの脇腹に強い頭突きを喰らわした。「いたいっ」と思わず脇腹を押さえているローレルを横目にして、何も言わず、しかし何か訴えるような目つきをしながらそのままぷい、と後ろ方向に歩き出して行った。何歩かしたところで、一旦止まって、 ク:「ローレル・・・。オレは待っているからな!」 とだけ一言言い残したまま、そのまま駿歩であっというまに風と消えていった。 ロ:「待っている…か…。」 彼にタックルを喰らったところがまだ痛む。クロススター、君の気持ちは充分分かっている、しかし…。 ツ:「ローレル・・・、君は本当は・・。」 ローレルはツインジェーンのそのような問いかけに耳をくれず、「じゃ、おいら帰るねっ」といつものように天然系の表情を見せて、そのまま帰っていった。若干ではあったが、その表情はややこわばっていたようだった。そう、あたたかも本心は別のところにあるかのように・・・。 第5章 「おいら、競走馬になる」 それからしばらくした、ある日。その日は風が強い日だった。 ローレルは小屋の中で、読書に戯れていた。ちなみに、ローレルは随分字も読めるようになってきたので、さらに難しい本に手を付けはじめており、今、手にとっている本の名前は『三国志』。赤兎馬がその本の中で活躍している様を見て自分自身と赤兎馬を重ねあわせて想像を楽しんでいた。その時、ふと、母カツミエコーがローレルに語りかけてきた。 カ:「ローレルや、君は競走馬になりたいって考えているの?」 ロ:「ううん、そんなことはないよ。お母さんと一緒にいるつもりだから 私はどこへも行かない。だから大丈夫!安心してね。」 カ:「…それ、本気で言っているの?」 ロ:「うん〜…どうかしたの?」 (やや長い間・・・・・) カ:「・・・ローレルや、私と一緒についていらっしゃい」 ロ:「どうして?母ちゃん??」 カ:「ううん、何でもないわ。単にある馬に会いに行くだけだから。さあ、ローレルもおいで。」 ローレルの返事を聞かず、エコーはさっさと外へ出ていった。【この風が強い日なのに〜】【赤兎馬の続き読みたかったのに〜】と言いたかったのに、どうやら母の後をついていくしかなかったようだ。日高本線に乗って何分かたったところだろう。駅から降りた頃には風も穏やかになってきた。 カ:「さあ、ついたわ、ここよ。ええと・・・あ、いたいた、あそこよ。」 母の視線の向く先には、たくさんの人だかりがあった。母とローレルがその馬に駆け寄っていくと、その馬はこちらの気配に気づいたのか、「やあ、ひさしぶり!」と嬉しそうな顔を見せながら親子馬の元へ駆け寄っていった。ローレルはその馬が一瞬赤兎馬のように見えてきた。本当に本の中に書かれていた、赤兎馬そっくりの雰囲気を感じさせた。 ロ:「母ちゃん、誰なの〜?」 カ:「私の息子よ。」 ロ:「えっ?息子?」 カ:「そう。ローレルからすればお兄ちゃんにあたるわね。」 ロ:「本当に??僕、鹿毛、母さん、青鹿毛、毛色全然違うよ〜」 カ:「それはね、隔世遺伝と言ってね・・、この馬は父さんの母、つまりローレルのおばあさんの体質が 父さん母さんを飛び越えて生まれてきたんだよね。」 ブ:「やあ、母さん、お久しぶり。」 カ:「ブルボン、本当に何年かぶりね。あら?少し焼けたようね。どう?元気にしていた?」 ブ:「はい。ところでそちらの子供はもしかして、私の弟?」 カ:「そうよ。ローレルっていうんだよ。今日はローレルを兄に会わせてやろうと思ってね。」 ブ:「ローレルですか。ローレルさん、初めまして、こんにちわ。」 ブルボンと呼ばれている、その馬はとても優しそうな顔を見せながらローレルに挨拶をしてきた。顔はおだやかものの、体全体からは何ともいえない迫力・オーラを感じた。ローレルはそれにやや圧倒されて、「は、は、はじめまして。」と言うのが精一杯だった。 カ:「名前はミホノブルボンっていうのよ。ブルボンはね、ダービーをとった馬なんだよ。」 ロ:「ええええっ。」 カ:「そして、7年ぐらい前ぐらいかな?92年度の年度代表馬でもあるのよ。」 ロ:「えええええええええっ。」 カ:「当時、逃げ馬としても絶対的な強さを図っていてね・・、まあその話はあとで写真見せながら おいおい話すね。とにかくね、私の誇りの息子でもあるのよ。」 ブ:「ありがとう、母さん。」 カ:「ローレルも、兄がそういうすごい活躍残したから、嬉しいでしょ?」 ロ:「嬉しいというか、信じられない気持ち〜。おいらもそういう兄がいたんだなぁ〜」 カ:「実はね、ローレル、その他にもう一人私の息子がいたのよ。」 ロ:「他にもおいらに兄がいたんですか〜。」 カ:「そうね。ローレルからしたら次兄にあたるわね。名前はミホノポタラ。」 ロ:「ミホノポタラ・・・」 カ:「ミホノポタラはね、ローレルと同じように競走馬を諦めて、母と一緒にいたがっていたんだよね」 ロ:「それで、ポタラの方はどうなっているの〜??」 カ:「成長しても、母のそばにいるだけでこれといってやりたいこともなく・・・、 で、ポタラも本当は競走馬目指していたんだよね」 ロ:「・・・」 カ:「ついにこらえきれなくて競走馬を目指すって言ってきたのね。でも、遅くて登録には間に合わなかった。 地方の方で頑張っているけど、なかなか境遇に苦しんでいるそうよ。」 さらに母カツミエコーは続けた。ブルボンは母がローレルにどうしたいのか、はなんとなく察知していたけれどもあえて何も言わなかった。 カ:「ブルボンは競走馬として活躍して当時、日本中に轟いた有名な馬なの。 ええと・・ブルボンは92年に引退だったっけ?」 ブ:「いえ・・。92年最後から1年間ケガの連続で・・。引退したのは94年初めでした」 カ:「あら、そうだったわね。ええと、そうするともう6年ぐらいはたっているわね。」 6年?するともう齢は10を越えているというわけか。しかし、日射を浴びたその栗毛の体は老いというものを感じさせず、現役馬としても充分通用しそうな体つきだった。少なくともローレルはそう思った。さらに母カツミエコーは続いてしゃべった。 カ:「惜しくも無敗三冠を取り逃してしまってね、引退の時はもう、そりゃたくさんのたくさんのファンに惜しまれつつ引退したんだよね。」 ブ:「母さん、もうその話は…」 カ:「ブルボン、遠慮することないんよ。んでね、引退して6年たった今でも、ごらんのように毎日毎日たくさんのファンがブルボンを見に来ているんよ」 確かにそうだ。ローレルの斜め右の視線は今でもブルボンに会いに来たのであろう、ファン10〜15人ぐらいが片手にカメラを持ってバシバシととっている。 ロ:「ブルボン兄さんはそんなにすごい馬だったんだね〜。」 ブ:「うーん、僕は決して自分では強かったとは思っていないんだけど…。」 カ:「それでも、ブルボンの活躍は当時の人々の記憶に鮮烈に残って生き続けているのよ」 ブ:「それじゃ、僕はそろそろ戻るね。ローレル、また遊びに来いよ」 ミホノブルボンはそう笑顔で優しいセリフを残して、再び元いた場所に戻り始めた。 カ:「さあ、ローレル、かえろうか。ブルボン、元気でね」 ブ:「ありがとう、母さんも元気で」 帰宅後、ローレルは部屋に戻り、部屋の壁に貼られている赤兎馬のポスターを凝視したまま、しばらく沈黙にふけっていた。そして、数日後、ローレルは母さんにこう告げた。 ロ:「おいら、競走馬になるよ。母さん、いいかな?」 当然、カツミエコーは二つ返事で即答したことは言うまでもない。 (第6章に続く) |
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